村本×駒崎のLBGTをめぐる論争で思ったこと

 ウーマンラッシュアワー村本さんのプチブームが、私の中で密かに続いている。

 炎上芸人として知られつつある村本さん。今週も元気にTwitterで各方面に喧嘩を売っていらっしゃる。「社会問題にお笑いという武器で挑んでいく」姿は大変新しく興味深いと思って、応援しているものの、色々と思うこともあり。

 特に、私がうーん??と思ったのは、先週大炎上した、村上さんとNPO法人フローレンスの駒崎さんの騒動を見ていてでした。

LBGTについて論争し、駒崎さんがその流れをヤフートピックに自分の視点でまとめつつ反論。まとめた記事への村本さんからの反論には無視を決め込む。という残念な流れになっておりました。先回のブログで「いつか市民活動家と対談して欲しい」と願っていた私としては、本当に最悪な形で速攻実現してしまったことを残念に思っています。

 口が悪すぎ、火がつくと自分を止められない、絶対持論を曲げない村本さんと、人一倍強い正義感と責任感が全ての原動力な駒崎さんの組み合わせ。こうなってしまうのも仕方ないのも?


 駒崎さんが恣意的にまとめている部分の具体的な部分は、こちらのブログが丁寧にまとめられています。両者に辛辣ですが(笑

このテーマに対しては、乙武さんやはるかぜちゃんも持論を語られていて、なかなか興味深かったです。

私自身の立場は、乙武さんの意見と駒崎さんの意見の間くらいかなぁ。私自身が大学時代に差別問題について体系的に勉強をした経験があるからだと思います。おそらく、差別問題を取り巻く歴史や文化、差別が生まれる構造をある程度学ばれた方は、こういう結論になるのかなぁという気がしています。


 村本さんは、被災地で無料ライブをされたり、自身の番組で何度も差別をテーマにした当事者とのダイアローグ(対話)を行うなど、本当に熱心にこの問題について考えていらっしゃります。決して、注目を浴びるためにこの話題に手を出した訳ではないのだよなぁ。

 むしろ、そういう対話の中で出会った当事者の悲しみを伝えようと、必死になっていらっしゃるだけというか。口は悪すぎだけど(笑


 オーソドックスな差別についての体系的な学びは、「この世から将来的にどうやったら少しでも差別を受け苦しむ人をなくせるか」という社会を作る側、ある意味エリート思考・未来思考の目的に沿って理論立ててあるような気がします。

 一方で、村本さんが差別について学ぶ目的は、「今差別に苦しむ人が今日この夜を乗り越えるため、心を軽くするためにお笑い芸人である自分ができることは何か」のように見てて感じています。今この瞬間が一番大切だから、差別を取り巻くリアルを切り取っていくことが何よりも大切になってくる気がします。

 現実にある一人一人の実感やリアルにだけ焦点を当ててしまうと、社会は固定化し差別は永遠になくなることはないでしょう。だからと言って、教科書通りの差別論だけに焦点を当て現実の私たちの心の醜さや弱さを無視しては、現実と理想の乖離が進み、いずれ逆転現象が起きてしまう。アメリカで理想を掲げ続けたオバマ政権が滅び、トランプ政権が誕生したように。


 今回は喧嘩別れな展開になってしまったけれど、もう少し建設的に対話ができれば、何か見えてくる新しい価値観があるんじゃないかなぁと期待しています。


 お腹いっぱいになったと言いつつ、もうちょっと時代のオピニオンリーダーたちの物語を眺めていたいなぁと思いました。

 

 


 

  





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